テロか教育か-インド教育制度の周縁

インドにはアーリア系、ドラヴィダ系、ムスリム、ユダヤ人など多様な民族が住んでいるが、山間部、都市から離れた村落に多くのtribal(部族)と呼ばれる人々が独自の生活様式を守って生活している。彼らはアーリア民族の主流を占めるブラーミンなどのカーストヒンドゥからは不可触民と同類に位置付けられて忌避され、虐げられてきた歴史を持つことから、今日では指定カースト(主に不可触民)と並ぶ指定部族として行政からさまざまな生活待遇の改善策を受ける対象と定められている。



→部族の子供たちに無料で教育を

 

オリッサ州の南部の片田舎で興味深い試みが行われている。警察が地域住民、特にこういった部族のコミュニティとの信頼関係を築く一環として、子供たちを選抜して州都ブバネシュワールの全寮制の学校への入学を負担するという。警察がなぜ教育の分野に手を出すのか?と疑問にも思えるが、インドならではの特殊な背景があるようだ。

先日、ムンバイで起きた連続爆破テロはどうやら国内のムスリム-インディアン・ムジャヒディンが関わっていることが明らかになっており、容疑者が逮捕され始めているが、インドにはもう一つ主要なテロ勢力がある。それはナクサル、又はナクサライトと呼ばれる共産党毛沢東派を標榜する勢力だ。元々、ウエストベンガル州の小さな村、ナクサルバリというところから始まった小作農たちの地主に対する農地解放運動が発祥とされている。インドの貧しい片田舎で、農地を持たず他に産業もなければ字の読み書きすらもできない小作農たちは地主に雇ってもらえなければ生きていくことはできず、金と権力を持った地主たちに家畜のように扱われ、娘はレイプされていたという。あまりの抑圧に耐えかねた小作農たちがある日、鍬や鋤を持って地主に反旗を翻し、地主たちの雇った武装集団と血で血を洗う抗争をくりかえす間に、次第にナクサライトの活動に各地で共感が集まり、共産思想を身に付けてじわじわと協力者が増え始めたという。今ではインドのウエストベンガル、ビハール、ジャルカンド、オリッサ、マディヤプラデーシュ、チャッティースガル、アンドラプラデーシュなどインド東部諸州に活動が広がっているそうだ。これらの地域は、赤の回廊(the Red corridor)とインドでは呼ばれている。ビハールで学校などの公共施設を夜間に爆破したり、鉄道のレールに爆弾を仕掛けて列車を転覆させたり、というような大きなテロ活動から、政治家宅前での爆弾テロ、警察官の拉致・殺害に至るまで様々な破壊活動はとどまるところをしらない。

ナクサルの活動家は田舎の農村で協力者を増やし、武器の隠匿や彼ら活動家の隠れ場所の提供、食料などの提供、警察の捜索活動の情報提供(スパイ)から、果ては彼らの破壊活動自体への直接参加まで求めて、貧困と抑圧に苦しむ地方の農村の不満を吸収しながら徐々に各地域へと浸食していく。そういったナクサルの破壊活動に手を焼く警察が、巡回活動を強化する中で住民との信頼関係を築き、テロリストの思想に染まるのではなく、自分たち側へ引き戻そうという思惑の一環として、子供たちの教育支援を始めたという。インドでは州立の小学校を増やしているさなかで、恐らくこのRayagada districtにも学校はあるだろう。それにも関わらず300人ほどの小学校対象年齢(5~10歳)の子供たちを、村の生活から引きはがして都会の全寮制の学校にいきなり送るのは、少し強引な気がしないでもない。子供とはいえ単純に地域から離してしまえばテロリストに染まることがないのは当然なのだが。しかし「子供に教育を施すことが、正しい情報と判断力でテロリストの誘惑に染まらずに、経済的に自立し、社会で責任ある大人になる土台となる」という警察関係者の言葉はもっともだ。

ちなみにこの全寮制の学校、Kalinga Institute of Social ScienceにはHPが開設されており、それを見るとかなり充実した施設のようだ。主に部族の子供たちを15000人も集めて寮で生活させて幼稚園から大学までの勉強を教えているらしい。敷地も広く、施設もインドでは申し分のない恵まれた状況のようだ。村の生活しか知らない部族の子供たちからすれば目の玉が飛び出すような、これまで見たこともない環境に違いない。職業教育も行われており、学校卒業後は就職も保証されているという。

インドは初等教育、特に日本の小学校に当たる前期初等教育(5年)への就学率が9割を超えているとも言われている(どこまで信じていいか分からないが)。年間数千Rsの授業料がかかる充実した設備を誇る都会のプライベートスクールから、教師の数さえ満足に揃っていない田舎の公立学校までさまざまだが、それでも近年、国の隅々まで公教育を行き渡らせようと行政は躍起になっている。そのような状況の中で、このRayagada districtのような地域は、インドの教育状況の最もはじっこに位置しているに違いない。アンタッチャブルと周囲の村落やコミュニティから忌避され、独自の伝統的な生活様式と儀礼を守りながらも極貧状態にあえぎ、字の読み書きや計算も満足にできず、知識を蓄えて理性を養う機会すらなかった農村地帯。もちろん親たちは学校へ通った経験がなく、最近になってようやく子供が学校へ通うライススタイルが定着し始めたような社会だ。子供たちにとって1日のうちで学校の給食だけが唯一の食事らしい食事だったりする。放っておくとナクサライトのようなテロ活動家らによる説得に、簡単に魅了されて仲間に加わりかねない。子供たちに施すのはテロ思想か教育か。ギリギリの、まさしくインドの教育制度の一つの周縁を縁取っているといえるだろう。

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コメント: 1
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    Emelina Willmore (火曜日, 31 1月 2017 23:29)


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