インドの犯罪白書を読む:女性への犯罪の動向

※参照資料→Crime in India 2010

前回、Crime in India 2010から性犯罪のデータだけを抜き出してまとめ、エントリーしたが(→インドの犯罪白書を読む;インドの性犯罪の動向)、今回はもう少し広げて、女性が被る犯罪全般にスポットを当ててみる。他の国や社会に共通する犯罪だけでなく、インド社会に特有の犯罪も含む。

Crime in India 2010では、女性への犯罪をCrime against womanというテーマで独立したチャプターを作り、データを紹介している。そこでは、女性への犯罪として、以下のような犯罪を挙げている。()は関連する法規、IPCは→Indian Penal Codeを参照

・強姦(IPC376条)
・誘拐・拉致(IPC363-269,371-373条)
・ダウリ問題に起因する死亡事件IPC304条B項)
・夫や親類(主に嫁ぎ先)による虐待(IPC498条A項)
・強制わいせつ(IPC354条)
・性的嫌がらせ(IPC509条)
・女子の国際取引(IPC366条B項)
・サティ(Sati Prevention Act 1987)
・人身売買(Immoral Trafic Act 1956)
・わいせつ表現(Indecent Representation of Women Act 1986)
・ダウリ(Dowry Prohibition Act 1961)

女性への犯罪の直近5年の推移を見ると、全体としては5年前からは増加傾向にある。最も件数が多いのは、嫁入りした女性が嫁ぎ先の夫やその家族から受ける暴力で、増加率も高い。サティ(寡婦殉死)は、それを教唆したものが負う罪ではあるが、この5年間では、2008年の1件を例外として、全く記録されていない。女子の国際取引は、恐らくネパールからの女児の人身売買だろう。貧しい農村で売られた少女がインド各地の売春宿へ送られる話は昔から悪名高い。2010年に摘発件数が減少している。これらの犯罪は互いに関連しあっているものも多いと思われる。農村で女の子を拉致したり(誘拐)、親から買いあげ(人身売買)、トレーダーや仲介者が運ぶ間に手を出し(強制わいせつ、強姦)、売春宿やお金持ちの家にメイドとして売り飛ばし、児童労働、slavery=奴隷、虐待、性的虐待などにつながる。

地域別では、Crime in India 2010のCompendium2010(概要)にあるマップが分かりやすい。

女性への犯罪の発生率マップ(Crime in India 2010 Compendium2010より引用)
女性への犯罪の発生率マップ(Crime in India 2010 Compendium2010より引用)

ピンク、黄色、ブルーの順に女性への犯罪の発生率の高い州を色分けしているが、やはり中部のマディヤ・プラデーシュやアンドラ・プラデーシュを中心に、デリー、ハリヤナ、ラジャスタンや西ベンガル州、オディーシャ、ケララ州も高い発生率となっている。東北部はアッサムとトリプラ州が特に高い。


性犯罪については、別途→インドの犯罪白書を読む:インドの性犯罪の動向でまとめたので、ここではそれ以外の犯罪について見ていくことにする。

●誘拐・拉致
2010年にインドで認知された誘拐事件は38440件で、そのうち女子が被害者になったのは29795件(77.5%)を占める。地域別で多いのは、1州だけで全体の18.3%を占めるウッタルプラデーシュ州(5468件)、西ベンガル州(2764件)、ビハール州(2569件)、ラジャスタン州(2477件)など。人口の多さに比例して誘拐事件の件数が増えるのは仕方のないことだとしても、州人口が3000万人程度と決して多い方だと言えないアッサム州で2767件も女子の誘拐事件が起き、全国女子誘拐事件数ワースト2位の地位に甘んじているのは異常な状況といえる。発生率(人口10万人当たりの発生件数)も8.9件とデリー首都圏地域に続いてワースト2位となっている。ちなみにデリー首都圏地域の女子の誘拐事件の発生件数は1740件、発生率9.5件、男子も合わせた誘拐事件は3208件と全土の8.3%を占め、発生率(17.5件)も飛びぬけて高い「誘拐特区」となっている。

 

※→参考エントリー:子どもの誘拐が日常茶飯時の街

 

ビハール州、アッサム州ともに貧しい地域であり、人身売買も活発だ。警察が人身売買の容疑を固められず、仕方なく誘拐事件として立件することもあるようだ。

デリーにおける誘拐事件の発生率は突出している。被害者に男子の割合が多いのも特徴だ。
デリーにおける誘拐事件の発生率は突出している。被害者に男子の割合が多いのも特徴だ。

 

Crime in India 2010には誘拐事件の犯行動機が集計されていて、日本人にはとても信じ難く、かつ興味深い結果となっている。女子の誘拐被害者30172人のうち、最も 多いのは『結婚目的』で誘拐された18126人だ。実に全体の60.1%を占める。ここに、奇しくもインド社会における「結婚の有り様」が反映されてい る。日本と違い、インドでは結婚において『当人同士の(結婚生活を維持しようとする)意思』の占める割合は小さいのだ。無理矢理であっても男の元に女を遠 くから連れて来て、儀式を行えば結婚が成立する。女に親元へ通報する手段を与えず、もちろん家に帰るための金も与えず、家事や身の回りの世話をさせ、半幽 閉状態で子どもを産む道具として扱う。インドのような国では、教育もあまり受けていないような貧しい家庭の女の子が誘拐され、州を越えて遠く離れた地域に 連れてこられれば、言葉が通じないということも大いにあるだろうし、字も読めないということもあるだろう。誰かに助けを求めることもできず、無理矢理結婚 させられた家での境遇、生活を甘んじて受け入れていくしか他に選択がないということが往々にしてある。

 

誘拐事件の被害者の77.5%は女子が占める
誘拐事件の被害者の77.5%は女子が占める
インドでの誘拐事件の大半は結婚目的
インドでの誘拐事件の大半は結婚目的

●ダウリを巡る犯罪
女性が結婚する際に多額の持参金(耐久消費財などを含む)を用意して、新郎方の家族に贈る慣行をダウリと呼んでいるが、このダウリの多寡を巡ってトラブルになることはとても多い。多くは嫁が嫁ぎ先で激しい虐待に遭う。『夫や親類からの虐待』は刑法の中で単なる傷害罪と分けて、わざわざ別に条文を作られているほど、一般的に多く見られる犯罪だ。警察沙汰になって逮捕者が出るのはよほどのケースであり、氷山の一角なのだろう。実際には表に出ないドメスティックバイオレンスの中で多くの女性が暮らしているのかもしれない。

ダウリに対する要求に嫁側の家族が応えられない故に、嫁の殺害に至る事件は昔から多いとされてきた。虐待の揚句に生きている嫁にケロシン(燃料)を掛けて火を付けるBride Burningはインドでは昔からある悪名高い犯罪だ。

女性が犠牲になる犯罪の中で、IPC498条A項に抵触する『夫や親類からの虐待』は圧倒的な比率を占める犯罪だ。ただし必ずしもダウリが原因とは限らない。男児選好のインドで男の子をなかなか生まないなどの理由もあるだろうし、他にも個別の理由や言い掛かりで虐待されるケースもあるだろう。

 

・IPC498条A項(夫や親族からの虐待)

 498A     Husband or relative of husband of a woman subjecting her to cruelty –
            Whoever, being the husband or the relative of the husband of a woman, subjects such woman to cruelty shall be punished with imprisonment for a term which may extend to three years and shall also be liable to fine.

『女性の夫または親族となりし者で、その女性に暴虐を働く者は何人たりとも3年以下の懲役と相当の罰金を課す』といった内容だ。そしてさらに『暴虐』の定義として、『強い意志を持って女性を自殺に追いやったり、肉体的又は精神的な健康を損ね、生命を脅かすような傷害を負わせること、又は金品や財産、有価証券類などを女性や女性の親族に不当に要求し、聞き入れない時に嫌がらせをすること』とかなりダウリを意識し、踏み込んだ内容が付け加えられている。

女性への犯罪の44%は夫やその親族からの虐待(Compendium2010より引用)
女性への犯罪の44%は夫やその親族からの虐待(Compendium2010より引用)

 

・IPC304条B ダウリによる死亡

過失致死について規定されたIPC304条のB項に、ダウリを巡る死亡事件についての規定がある。『結婚後7年以内に、妻となった女性が火傷や傷害を負って、又は尋常ではない状況で死亡に至り、その死の直前に夫やその家族からダウリの要求を受けて暴虐や激しい嫌がらせを受けていたことが判明した時、ダウリによる死亡と認定され、夫やその親族はその責を負わなければならない』とある。結婚後7年以内という基準が何によって定められているのか不明だが、結婚後その程度の年数がたつと、ほとんどの家庭でダウリの問題も何らかの肩が付くということなのだろうか?この罪で有罪判決を受けると7年以上の懲役、最高で終身刑が科される。

304B     Dowry death –
      (1)     Where the death of a woman is caused by any burns or bodily injury or occurs otherwise than under normal circumstances within seven years of her marriage and it is shown that soon before her death she was subjected to cruelty or harassment by her husband or any relative of her husband for, or in connection with, any demand for dowry, such death shall be called "dowry death", and such husband or relative shall be deemed to have caused her death.

地域別では、デリー、ハリヤナ、ウッタルプラデーシュ、ビハールと続くガンガー流域諸州と、マディヤ・プラデーシュ、オディーシャなどの中部での発生が目立つようだ。

 

 

・ダウリ防止法(Dowry Prohibition Act, 1961)違反

ダウリ防止法(Dowry Prohibition Act, 1961)は、主にダウリという慣行そのものを規制するための法律で、渡した方も受け取った方も、そそのかした者も5年以上の懲役、そしてRs.15,000-もしくは実際にやりとりしたダウリの総額とのどちらか高い方を罰金として科すと定められている。また実際にダウリのやり取りがなくても、それを要求すること、新聞・雑誌その他メディアにおいて結婚の条件としてダウリを提供する広告を出すことなどが禁じられているほか、女性の親が結婚の際に女性に持たせる家財のリストを女性自身が保管し、その家財を女性が結婚後も所有する権利を保証している。

しかし実際のところダウリは今でも北インドを中心に広く見られる慣行であることに変わりがなく、摘発件数から推測できることは、この法律が機能していないこと、またもし罰金や懲役を含むこの法律を厳格に運用すると、インドで大きな混乱が起こるだろうことなどが挙げられる。逆にこのダウリ防止法による摘発が、一体どういうタイミングで行われるのだろうか。ひょっとしたらダウリ殺人や傷害など、嫁が激しい被害を被って警察の捜査が入るようになって初めて、ダウリを要求していたことが発覚し摘発されるのかもしれない。

●サティ
サティ(Sati)とは、夫に先立たれた妻が貞淑を貫くために、夫が火葬されている中に自らの身を投じる慣習で、古くからインド大陸に伝わる慣習ではあったものの、高位カーストの集団でのみ行われていたという説もある。しかし1800年代に入ると、あまりにも残酷であると批判し廃止すべきと提唱する人が現れ始めたようだ。寡婦がSatiを行うことで、生前の夫が犯した様々な罪が浄化され、夫婦が死後も再び夫婦になれると考えられたり、それを行った女性が崇拝の対象になり、サティが行われた場所に記念の石碑(sati stone)や祠、寺院が建立されるなど、インド人の信仰生活の中で独特の意味づけ、正当化が為されてきたようだ。一応、寡婦自らの意思による行為となっているが、周囲のプレッシャーに晒されるなど、決して自由意志とは言えない側面もあったという。

→サティ防止法(Sati Prevention Act 1987)はサティという慣行を徹底的に防ぐ内容となっており、寡婦となった女性にサティをそそのかす行為はもちろん、それを賛美、崇拝、正当化する言動、サティの行われた場所に何らかの記念碑的なものを建立すること、そのために資金を拠出すること、そしてサティをただ見物することさえ禁じられ、罰則が定められている。

今日では、サティが行われるのは非常に稀で、散発的であるようだ。数年に一例程度の報告しか確認できない。サティ防止法での摘発はここ5年間で2008年に1件記録されているだけで、他は0件とされている。