参照資料:→Crime in India 2010
Crime in India 2010では、インドにおいて社会的弱者とされる指定カーストScheduled Caste=SC及び指定部族Scheduled Tribe=ST(主に不可触民)に対する犯罪として、次の刑法犯および特別法犯のうち、指定カースト・部族に属する人々が被害者になった事件を別途割り出して集計し、紹介している。※IPCはこちらを参照→Indian Penal Code
殺人(IPC302条)
強姦(IPC376条)
誘拐(IPC363~369条、371~373条)
群盗(IPC395~398条)
強盗(IPC392~394条、397,398条)
放火(IPC435,436,438条)
傷害(IPC323~333条、335~338条)
公民権保護法(1955)違反
指定カースト・指定部族への虐待防止法違反
その他
犯罪の内訳別の件数はグラフにある通り、指定カースト・指定部族への虐待防止法違反(→Sc/St Prevention of Atrocities act 1989)の占める割合が多い。
1955年に制定された公民権の保護法(→The Protection of Civil Rights
Act,1955)を見ると、日本人の感覚からは首をひねってしまうような文言が並んでいる。いわく、「同じ宗教を信ずる限り、『不可触性』を理由にその宗教施設に立ち入ることや礼拝・儀式・沐浴などを行うことを妨げてはいけない」とか、「『不可触性』を理由に商店や食堂、ホテルなどに近づくこと、それらで買い物やサービスの提供を受けること、食器その他の備品を利用すること、川や湖、井戸などの水場や葬儀場、公共の道路などを使用すること、病院や学校などを利用することなどを妨げてはいけない」、「『不可触性』を理由に動物の死骸の片付けなどを強いてはいけない」などといった細かな差別的待遇に対する懲役や罰金などの刑罰が規定されているのだ。
この法律を読むだけで、制定当時、不可触民がどのような扱いを受けていたか、ある程度イメージが湧いてくる。
その後この法律だけでは不十分(!)という気運からなのか、1989年に指定カースト・指定部族への虐待防止法違反(→Sc/St Prevention of Atrocities act 1989)が制定された。
この法律はさらに前の法律を何歩も進めて、タイトル通り一般のカーストヒンドゥーやその他の宗派の者による、指定カースト(Scheduled Caste)/指定部族(Scheduled Tribe)への虐待行為についての刑罰を規定した法律だ。
どういった行為がこの法律での虐待行為に当たるか逐一説明されているが、こんなことまで法律で規定されなければいけないのか?と目を疑いたくなるような気分の悪くなる条文が羅列されている。一例をあげると
第2章 第3条 第1項 指定カースト・指定部族に属さない者が、属す者に対し、
1.食用不可のもの、または食すと害のあるものを強制的に食べさせたり飲ませたりする
2.排泄物やごみを投げつけて負傷を負わせたり、死骸や廃棄物を住居やその近隣に放置するなどして嫌がらせをする
3.強制的に衣服を脱がせて裸にして人前を歩かせたり、顔や身体に落書きをするなどして人格を傷つける
4.指定カースト・指定部族の土地を不当に占拠し、耕し、又は所有権を移転させる
6.物乞いを強制したり、他の強制的な労働や負債をカタに労働を強いる
11.指定カースト・指定部族の女性の貞節を傷つける性的攻撃
その他挙げればキリがないが、選挙の投票妨害や傷害、放火などのほか、この法律に従って適切に事案を処理しない司法当局への罰則、司法プロセス(特別法廷の設置や方法について)など細かく規定されている。
時系列での推移を見ると、指定カースト・指定部族に対する犯罪は2008年を境に鈍化又は減少している。恐らく2009年、SC/ST Act制定20周年ということで指定カースト・指定部族に対する犯罪を減らそうという気運が盛り上がったこともあるかもしれない。しかしこのSC/ST
Actをはじめ、不可触民に対する犯罪は、昔から警察がまともに取り合ってくれない風潮がインド全体に蔓延しているようで、被害届が受理されたとしても警察は捜査に消極的だと言われてきた。たとえ容疑者が逮捕され、送検・起訴されても、一般の犯罪よりも有罪になる可能性が低いことが指摘されてきたのだ。シン首相はSC/ST
Act制定20周年に当たる2009年の9月に行った演説の中で、「IPC(インド刑法)に抵触する犯罪の有罪率が平均42%であるのに対し、SC/ST Actの有罪率が30%を切っているのは大変遺憾なことだ」と述べたという。その有罪率だが、2010年にはIPC平均が40.7%に悪化する一方で、SC/ST
Actの有罪率は37.4%に大幅改善し、その差はかなり縮まった。やればできる?ということなのか、鶴の一声でどうにでもなるということなのだろうか?しかしその内訳を見ると、指定カースト虐待防止法(SC Act)については38.1%だが、指定部族虐待防止法(ST Act)については26.6%に留まっている。
地域別での発生はCompendium
2010に掲載されているマップが分かりやすい。それぞれ指定カーストに対する犯罪、指定部族に対する犯罪についてピンク、黄、青の順に発生率の高い州が色分けされている。指定カーストに対する犯罪マップでは、ラジャスタン州、マディヤ・プラデーシュ州、オディーシャ(オリッサ州)、アンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州が高い発生率を示している。この構図自体は一般の犯罪発生率とさほど変わりがなく、特段指定カーストに対する犯罪特有の地域性のようなものは感じられない。これらの州は指定ーカーストに対する犯罪のみならず、一般の犯罪発生率も高いのだ。またこれらの州に、特に指定カーストの人々が集中して居住しているわけでもない。指定カースト人口が州全体の人口に占める割合は16~17%程度と凡庸な数字だ。
指定部族に対する犯罪についても大体同様な構図となっている。中部諸州(ラジャスタン、マディヤ・プラデーシュ、チャッティースガル、オディーシャなどは指定部族の人口が多い州だ。一方、マニプル、メガラヤなど東北諸州では人口自体は少ないものの、指定部族の割合が全体の3割程度に上る州が多いにもかかわらず、指定部族に対する犯罪件数そのものが極端に少ないか、0を記録している州さえある(マニプル、メガラヤ、トリプラ、ナガランドなど)。これは何を意味しているのか想像がつかない。
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