1/31 ●インドの電脳街に行く

殺風景な電脳タウン
殺風景な電脳タウン

宿に置いてあった英文で書かれたデリーの薄いガイド冊子をベッドに寝転んで眺めていると、Nerhu Placeの項に目が留まった。デリーでも屈指の高級住宅街、Greater KaillashのあるKaillash Colony駅の隣の駅で、Microsoft,Sonyなどの看板が立ち並ぶ電脳タウンとある。ジャンクパーツの露店などもたくさん出ているという。インドがIT大国として名を馳せつつあるのだったら、きっと東京の秋葉原とか大阪の日本橋みたいな場所があるのではないかと日本を発つ前に少し調べてみたが分からなかった。ひょんなところから情報が手に入るものだ。きっとインドでまだ見たことのないような近未来空間じゃないかと想像してみる。外資系のITカンパニーに勤めるキリッとしたエリートたちが行き交う姿が見られるかもしれない。庶民の格好で行くと恥ずかしい思いをするかな、などと考えながら早速行ってみる。

Nerhu Place駅は他と違いガラス張りのとても立派な建物だ。しかしこの乾季の時期は埃っぽいのでガラスも汚れ易いらしく、高い建物だが上からロープ一本につかまってハンドワイパーで拭き掃除をしながら、人が降りてくる。この手の建物はインドの環境には合わない。明日にはまた埃でガラスが白くなっているだろう。

駅から大理石のペイブメントが駅前道路まで続いており、真正面にこれまた前面ガラス張りの近代的なビルが建っている。コンピューター関係の会社が入っているらしい。1Fにマクドナルドが入っている。隣はシネマコンプレックスとなっていて、入り口にやって来る客を選別するかのように警備の男が立っている。しかしその辺の道路はというと、ごみだらけ。よくもまあというほどゴミが散乱しており、他のインドの町と変わらない。マックのドリンクカップがあちこちに散らばっている。

5~6歳の物乞いの少女が近寄ってくる。よくみるとメトロの高架線路の下に日雇い労働者のものだろうか、シートで作ったテントのようなものが幾張りかある。大理石の敷かれたペイブメントのすぐ横の空き地で、労働者たちが何か鍬で土を掻いている。出てきたレンガのかけらやコンクリートの破片のようなものを女たちが頭のかごに載せてどこかへ運んでいく。

インドでこういった作業現場を眺めていると、時々途方もなく気の長い作業をしているのを見ることができる。ここでも3人程の男が、少なくとも100坪くらいのある空き地を、わずか10cmほどの深さを鍬であさりながらレンガの割れたものをかきだしている。いったい何日かかるのだろうか?というよりこういう作業がそもそも必要なのだろうか?この上にコンクリートでも流すのなら、少しくらい土の下にレンガのかけらがあっても転圧してコンクリートを流し込めば問題はないはずだ。畑でも作るのなら、石やレンガは取り除いて耕しやすい土にする必要があるだろうが、こんな場所に畑を作ることはないだろう。安い日雇い賃金事情を背景にしたコスト意識の低さのためだろうか、それとも労働者たちの意欲の問題なのだろうか。無意味とも思える作業が延々と続けられているのではないかと思えることが時々ある。

しばらく作業風景を眺めていたが、ふと我に返ると先ほどの物乞いの少女は他のインド人にまとわりついている。ほかにここ数年体を洗ったことないと思えるような男の子が数人、空き地で追いかけっこしながら遊んでいる。彼らはこの労働者たちの子供なのだろうか?

人の流れに沿って歩いていくと、シネマコンプレックスの脇を通り抜けて広場のような場所に出た。一瞬で把握した。「ここがインドの電脳タウンか!」あたり一面に広がるごみ、ごみ、ごみ。紙くず、ポリ袋、紙コップ、バナナの皮、砂の固まり、椰子の皮。吐しゃ物のようなものが床にあちこち痕跡を残している。糞もある。犬が寝ている。それらをあちこちで箒を手にした女性が集めて小さな山を作っている。幅50m、長さ500mくらいのL字型の広場。その広場を挟むように古い団地のような建物が両側から迫っている。そのしみとあくが染み出た壁を覆いつくすように、さまざまな電機メーカーのブランド名が書かれた看板が無数にかかっている。SAMSUN,SONY,CANON,LENOVO,HEWLET PACKARD,携帯で有名なNOKIA,BLACKBERRY,MICROMAXなど。

朝9時半だったがまだちょっと早かったらしい。広場ではゴミ掃除が片付くのを待って露店が準備を始めている。近くの店でネスカフェを頼んでベンチに座って飲みながら、しばらく時間をつぶす。大手ブランド直営のアンテナショップもあるようだが、大多数はコンピューターパーツやアクセサリーを扱う店だ。月曜日だったが店が開き始めるとお客が徐々に集まり始めた。露店では洋服や日用雑貨なども売られているが、パソコン周りのSDカードやカードリーダ、マウス、日本でもよく見るUSBで動くミニ扇風機、おもちゃみたいな電源タップ、この埃っぽい中で動くかどうかわからないような裸のマザーボード、ラップトップの液晶、ケーブル、アダプタなどが並べられている。また木箱ひとつと椅子でインクジェットプリンターのカートリッジのインク補充サービスを行っている少年が何十人といる。客の持ってきたhpのカートリッジをトイレットペーパーを少しちぎって水に浸して拭いてみたり、口で吸ってみたりして詰まったインクを手際よく取り除いていた。


団地の2階に上がってみた。薄暗いビル内に小さなブースが無数に並んでいる。その多くがラップトップの修理の看板を掲げている。コンデンサやなんだかわからないパーツが無数に積み上げられ、デスクライトの下でラップトップのケースをはがし、マザーボードに向かって半田ごてでなにやらガチガチやっている。カウンターに自分のマザーボードを持ち込み、ドライバでCPUファンを取り付けている男性客がいる。すごい!!日本でもPCの自作が一つのブームだが、ここはそんな出来合いの部品を組み立てるレベルではなく、材料を寄せ集めて基盤から作ってしまうような勢いだ。しかもこの埃だらけの薄暗く妖しい巨大な建物の中で、蜂の巣の中のような無数の小部屋で、一般人にはとても理解できないような細かい作業が行われている。

圧倒されながら薄暗い中を歩く。中は迷路のようで、通路の角を曲がったら行き止まりになっているところもあれば、抜けられるところもあったりとややこしい。しかしどこもラップトップの修理専門のようだ。これだけ多くの店を営業継続させるほどのラップトップがデリー周辺に普及しているのだろうか?ほかに多いのはコピーサービスのお店。白黒、カラー、大判など日本にあるサービスと変わらない。CPUやHDD、メモリなどをスペックごとに価格を一覧にして張り出している店があり、客たちがそれをメモしている。

昼ごろまでぶらぶら歩いて広場でチョウメンを炒めていたので一皿頼んで食べたら見事に中る。なんとかメトロに乗って宿までたどり着くが、下痢と胃痛と吐き気に襲われ、夜までベッドで身もだえする。考えてみたらインドに入ってから一度もゆっくりすることなく、毎日遠出して歩きまくっている。これはインドの旅のペースではない。しかし楽しい。どこを歩いても飽きない。くたくたになって宿に帰ってきても、またパハールガンジから歩ける範囲でなるべく遠くへぶらぶらと散歩に出かけてしまっていた。翌日は久しぶりに宿でゆっくり休むことにした。