国会の特別委員会は、今月下旬にオディーシャ州に特別調査チームを派遣する方針を明らかにした。何を調査するか。人力によるトイレ掃除の実態調査のためだ。インドでは1993年に制定されたthe Employment of Manual Scavengers and Construction of Dry Latrines (Prohibition) Act,
1993によって人力によるトイレ掃除(manual scavenging)に従事する人を雇用することを法律で禁じている。
→国会、オディーシャ州にトイレ掃除の実態調査チームを派遣へ
法律の施行を経て、インド各州政府は人力によるトイレ掃除(manual scavenging)の全廃を宣言しているが、昨年実施された国勢調査では、インド各地にこうしたトイレが数多く残っている実態が明らかにされた。オディーシャ州もその一つで、今後他の州へも調査チームを派遣する予定だと言う。
インドでは古くから野外でそれぞれ用をたすのが習慣だった。トイレを作り、そこで用を足して溜まった排泄物を人力で掻き出して処分するのは、イギリス統治時代に始まったとされている。ヨーロッパでは中世のはじめごろにそうした方法が開発されたそうだが、イギリスがインドを統治するころには水洗式のトイレがすでに広まっていたという。しかしイギリス人はインドではこうしたシステムを採用した。
インドの国勢調査では、日本のそれと違って各世帯の世帯構成員の属性(性別、年齢など)のみならず、その世帯の家屋の構造や、付属設備、耐久消費財の保有状況などまで調べており、大変興味深い。その中でトイレ事情はどうなのか、国勢調査の結果から見ていくことにした。
●インドのトイレの形態
インドにはどんなトイレがあるか、というよりも、インドの国勢調査では、トイレの形態をどのように分類しているか、を確認しておく。国勢調査の調査員用のマニュアルが参考になる。
→http://www.censusindia.gov.in/2011-Documents/Houselisting%20English.pdf
上のリンク先に表示されるマニュアルの、p.49以降にトイレの形態についての分類が示されている。それによると、
Ⅰ.水洗式(洋式のようにフラッシュで水が流れる)または手桶で流す水洗式(Flush/Pour Flush Latrine)
1.下水道に接続されているタイプ
2.浄化槽に接続されているタイプ(Septic Tank)
3.その他排水路や空き地に垂れ流すタイプ
2.の浄化槽(Septic tank)は、例えばこんな感じだ→Septic Tankの画像一覧
通常は地中に埋められ、数年おきにメンテナンスが必要とされる。
Ⅱ.地中に大きなし尿槽を設けて、そこに排泄する(Pit Latrine)
1.便器や通気孔が設けられている
2.穴があいているだけ
これは大変原始的な作りのトイレのことで、地面に大きな穴をあけて側面をレンガやセメントなどで固め、上に床を張って便器をしつらえたり、ただ穴をあけただけの簡易式トイレだ。し尿の一部は地中に浸透していくが、いずれはし尿槽が排せつ物で満たされる。匂いやメタンガスなどを空気中に放出するための換気栓がし尿槽に取り付けられることもあるそうだ。イメージはこんな感じ→Pit Latrineの画像一覧
Ⅲ.排水路に直結されて垂れ流されるタイプ(Night Soil disposed into open drain)
Ⅳ.人間もしくは動物によって排せつ物が処理される(Service Latrine)
1.人力によって日常的に排せつ物が取り除かれるタイプ
2.動物に排せつ物を与えるタイプ
2.の排せつ物が動物に供せられるタイプの物は、恐らく豚などを買っている場合なのではないかと思われる。
Ⅴ.住居にトイレがない(No Latrine within Premises)
1.近くの公衆トイレを利用
2.野外で済ませる
戸建の住宅に住んで、世帯のメンバーが独占して使用できるトイレだけでなく、集合住宅などで各戸の世帯員が共同で利用している共同トイレもその形態に応じてⅠ~Ⅳのいずれかに含められる。但し、公道の脇や公園、広場などに設置されていて、通行人でも自由に利用できる公衆トイレを利用している場合はⅤ-1に含める。
それでは、これらのタイプのトイレが、それぞれ一体どの程度の割合を占めているか。こちらを参照→http://www.censusindia.gov.in/2011census/hlo/Data%20sheet/Latrine.pdf
●インドのトイレ事情は着実に改善している
インド全体では、依然として自分の住む住居にトイレのない世帯が全体の半数以上、53.1%となっている。そのうち野外で済ませている世帯は49.8%、残り(3.2%)は近くに公共のトイレがあってそこを利用しているらしい。この野外で用を足す世帯は地方だけに限ると67.3%に上る。
しかしこの10年でインドのトイレ事情は少しずつ改善されているようだ。2001年の国勢調査時の結果と比較すると、人口が10.3億人から12.1億人へと1.17倍、世帯数が1.91億世帯から2.46億世帯へと1.28倍にも増加した中で、水洗式(手桶で流すタイプを含む)の割合が倍増する一方、他のタイプはわずかずつ減少し、トイレのない世帯も63.6%から53.1%へと10ポイント以上も減少したのだから。
実際、近年の農村では深刻な嫁不足を背景に、女性がトイレのない家庭に嫁ぐのを拒否する運動なども起きており農村の家庭では助成金を申請してトイレを新設するような動きもあるという。
→嫁ぎ先にトイレがなく、実家に舞い戻った新婦に20万Rsの報償金
→深刻な嫁不足に悩むハリヤナ州の農村に新スローガン、No Toilet No Bride
そのハリヤナ州では、地方農村部のトイレなし世帯がこの10年の間に一気に73.1%→47.3%にまで減少した。27.4%の改善ポイントはヒマーチャル・プラデーシュ州、カルナータカ州、パンジャブ州に続いて各州別で4番目に良い数字だ。
●インドの下水道普及率
インドでトイレの排せつ物が下水道によって処理される世帯はⅠ-1水洗式(下水道に接続)で分かる通り、インド全体では11.9%にとどまっている。ただし都市部では32.7%に上っており、地方部(2.2%)との格差が指摘できる。
●地域別格差
このようにインドのトイレ事情には、都市と地方で格差が生じていることは間違いないが、地域によって差があるのだろうか。先ほど挙げた国勢調査のサイトに掲載されているマップが分かりやすいので紹介する。MAP.1は水洗トイレのある世帯の割合が低い地域を赤とオレンジで示している。そしてMAP.2はトイレのない世帯の割合が高い地域を赤とオレンジで示している。
これらから分かる通り、インドでトイレ設備が遅れている地域は、インド中部のオディーシャ州、ジャルカンド州、チャッティースガル州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州を中心に、北西に隣接するウッタル・プラデーシュ州、ラジャスタン州に至る地域であると推察される。
これらの州は特に地方部でのトイレ事情の悪さが凄まじい。他州と比較しても群を抜いており、地方部に限って言えば各戸に特定的に利用できるトイレを持たない世帯が8割を超えているのだ。
これには、何か社会文化的な要因があるのだろうか。それとも単に州政府の施策が遅れているだけなのかは、今のところ分からない。
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